アメリカの貿易センタービルの大惨事から、早いもので20年となりました。
多くの方がお亡くなりになり、そのご家族、ご友人など、たくさんの方々の悲しみが世界を駆け巡りました。
そしてこの事件がきっかけで、人生が大きく変わってしまわれた方も、たくさんいらっしゃると思います。
ぎーぎーも、この事件がなければ、全く別の人生を歩んでいた一人です。
2001年、相棒・かんちゃんが知人を頼り、アメリカで商売をしてみたいと言い出しました。
それが彼の夢でしたから、ぎーぎーも同意をして、年明けから少しずつ準備をしておりました。
ぎーぎーが考えたことは、
「商売なんてどうせ初めから上手くいくはずがない。
10年日本に帰れなかったとしても、楽しく過ごせるようにするにはどうしたらいいか?」
ということでした。
そこで、アメリカへ行く前に2つの事を会得しようと思いました。
一つは、和菓子を手作りできるようになる事。
月に一度、ベターホームの和菓子講座へ通い、餡子の作り方や寒天を使ったお菓子など勉強致しました。
ホームパーティーなど盛んなお国ですから、日本らしく、ちょっと珍しい、そしてぎーぎー自身が恋しくなりそうで、なかなか手に入らなそうなモノ。
以前、外国のお友達に和菓子を振舞ったところ、とても好評だった事も理由の一つでした。
もう一つは、三線を弾けるようになる事。
住まいはロサンゼルスを予定しておりましたので、日系の人が多く、その方達の中に沖縄から移住した人も多いというお話を聞いておりました。
日本の文化で、外国の方にもアピールできて、お友達も作れそうなもの。
沖縄の明るいイメージも後押ししてくれましたね。
そこで三線を教えてくれる先生を探し、
「個人稽古、時間応相談」
と書かれておりましたところ、つまりぎーぎーの師匠に電話をして、弟子入りした次第です。
ところで、英語は?
英語は……今でもそうですが、ほとんど話せません!
でも、アメリカに住むようになれば、何とかなるだろうと思っておりました。
さて、2001年9月11日は、ちょうど短大時代のお友達が大阪へ遊びに来ておりました。
「何だか凄い事になってるけど、アメリカ行けるのか?」
と心配されました。
その心配は現実となり、
「外国からの入国者制限」
などがあり、当面はアメリカへ行けたとしても、かんちゃんだけが行く、という事になったんです。
「かんちゃんがアメリカへ行ってる間、ぎーぎーはどうするの?」
「実家にでも帰ってたら?」
との返事でしたが、出戻りと思われるのは嫌だと言うと、
「じゃぁ、大学でも行って勉強してたら?」
となったんです。
早稲田大学で近々社会人入試があり、申し込みがまだ間に合うとの事。
そして万が一合格したら、どのような状況になっていても通っていいとの事。
ふ〜ん、大学か。
面白そうだな!
ぎーぎーの選んだ人生は、アメリカへ渡り、かんちゃんをサポートすることでした。
しかし沖縄の芸能の神様は、9.11を上手く利用して、ぎーぎーを思いもよらぬ方向へ推し進めてしまいました(笑)

コメント