芸能コンクール回想録・1~コンクールの前までに~

 8月31日のブログに最高賞に合格したことを書きましたが、その時


「詳しくは、ブログに少しずつアップしていこうと思っています。 」

と書いたまま、全然アップしていなかった・・・ 


今年も残りわずかとなりましたが、コンクールの回想録を数回に分けて書いてみようと思います。

まずはじめに、コンクールへ行くまでのお稽古について 



最高賞のお稽古は、昨年の4月頃から取り組み始めました。

教師試験と並行して、課題曲をこなさなければなりませんでしたので、大変ではありましたが、幸運な事に昨年は兄弟子のうち三名が最高賞に挑戦することになり、一緒にお稽古をさせていただいたのです 

もう一つ幸運だったのは、昨年の最高賞の課題曲4曲のうち3曲が教師試験の課題曲でもあった事です

つまり、「十七八節」のみが、教師試験の課題曲ではない、ということです。

ですからぎーぎーは、「十七八節」については、工工四を見ながら兄弟子達についていくだけでしたが、それでも何度も弾くうちに、曲が手に馴染んできます。

教師試験が終るまではこれで十分とし、とにかく繰り返し一緒にお稽古をさせていただきました 



教師試験の課題曲11曲が全て暗譜できたのは昨年の9月 

その後の2ヶ月は、翌年(つまり今年)の最高賞に向けて、「昔蝶節」と「今風節」の稽古を始めました。

こちらも暗譜までは考えず、とにかく工工四を見ながら正確に弾き、歌える事が出来ようにするのが目的でした

1ヶ月1曲のペースで曲の大枠を作り、12月からは再び教師試験の課題曲へ取り組みました。


3月に教師試験が終るとすぐに、最高賞の課題曲へ取り組みました。

課題曲は既に2月の段階で決まっており、またまた幸運が重なって   去年と同じ課題曲 

「十七八節」 「茶屋節」 「仲風節」 「述懐節」

の4曲です。

既に3曲は覚えておりましたので、残りの「十七八節」のみを暗譜すればいい状態でした。



今年の歌・三線のコンクール申し込みは、6月の10~13日 

それまでには、今年の課題曲は、暗譜が完了しておりました

どの部門でも同じだと思いますが、
「間違わずに最後まで弾ければよし」
とはいきませんし、課題曲はどれも難しく、弾きこまなければ、自信を持つ事ができないからです。


ぎーぎーのコンクール審査日は、8月の29日。

そこで約2ヶ月前に当たる、6月30日からノート  を一冊用意して、お稽古日記を付け始めました。

何の曲をどれくらいお稽古したのか、弾くのにどのくらいの時間がかかったのか、また、自分の声を録音してみたモノを聞き、おかしかったところを工工四を見ながらチェックしたりしました。

また、師匠や妹先生、兄弟子達のアドバイスや、お友達からの励ましのメールが来たことなど、自分にとってプラスになると思われる事を書き付けていきました。

また試験当日は、「これ一冊あれば怖いものなし」となるよう、コンクールの日程表や旅の予定表、工工四や受験票なども、一まとめにしました。



コンクール向けのリハーサルは、2回会場を借りて行われました。

1回目のリハのあった日の日記には、

「台風が近づいているせいか息苦しい」

と書かれており  「十七八節ー述懐節」の方はまぁまぁだったが、仲風節の歌詞を間違えてストップしてしまったとありました。

「でも、憑き物が落ちたように体が軽くなった」

とも書かれていて、我ながら呑気だなぁと・・・ 


2回目のリハのあった日の日記には、

「お稽古が続き、会場のセッティングも一人でこなしたので体力消耗。

食欲も減り、睡眠も十分摂ることができていないため、案の定、歌いだしたら咳」

と書かれていました 

ちょうど喘息の発作が当日に出てしまい、声も掠れるし、咳もなかなか止まらないし・・・という散々なリハーサルとなってしまいました 


この頃からプレッシャーとの戦いとなり、ストレスをどうやって発散させるかが大きなポイントになったと思います 

ぎーぎーの場合は、笛の先生とのメール  のやり取りで愚痴をこぼし、慰めていただき、次へのアドバイスを頂いた事が、コンクールに立ち向かっていく大きな力  になったと思います 

そしてもう一つは、この頃に突然現れたメル友さん(一度もお会いした事はありませんので、純粋なメル友さんです)が、琉球古典音楽とは全く関係のない音楽の話題  でメール交換をしてくださり、またたくさんのCD  をプレゼントしてくださった事が、前向きな気持ちを維持するのに大きく作用したと思います 

これは気分転換  になりましたし、また励みにもなりました 

メル友さんとは年も離れていますし、住んでいるところも違いますが、共通する事が多く、ぎーぎーのお話を根気よく聞いてくださり、本当にありがたかったです。


そうこうするうちに、コンクールの日が迫り、沖縄への出発の日となりました。




回想録・2に続く・・・

コメント